オグリキャップが救ったもの (1990/12/25 Tomo Sakata)
12月23日、グランプリ。船橋法典の駅に降りたっても僕の胸は少しも浮か
なかった。どうしようか。いったいどうしたらいいのか、明日から。いつか
そればかりを僕はくりかえし、それ以外のことに気持ちは向かわないのだ。
寝ても覚めてもうつつにも。どうしてこんなに考えてしまうのか、オグリ
キャップのことを。新聞は書きたてている、だめでしょうむりでしょうおわ
りでしょう。・・・・・・・・やはり。どんな馬にもそのときはくるのか。--------
だけど。けれど。それが絶対のことならば僕はもう嫌だったのだ。例外が残
れない場所にはもう帰りたくないのだ。オグリキャップでさえもがからめ捕
られてしまうのなら、もうこんなゲームは見たくないと思ったのだ。
僕は吠えたかった。何も僕らには出来やしない。彼から受け取ったものを
返すすべがない。そのことが僕たちの胸をずたずたにする。何もしてやれな
いことのかなしみ、永久に閉じようとしているアンフェアな恋。無力の民。
たまらない。いつでも神様のなさることは酷に過ぎる。
いつでもオグリに気持ちを傾けていた、僕のもっとも愛する〈競馬探偵〉
氏は新聞で、オグリキャップへのお別れにこんなしるしをつけていた。「ラ
ブ」。--------ああ、僕たちの願いは、この祈りは、いったいどこへ昇って
いくのだろう。
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そして・そして・そして。なんということなのでしょうか。
オグリキャップが救ったものはラブだ。ラブ・ラブ・ラブ。オグリキャッ
プがくれたものはライフ・ハピネス・許される夢。オグリキャップが甦らせ
たのは善・美・祝福・奇跡を愛する心。オグリキャップがつないだものは祈
り・ジャスティス・信じることの喜び。感謝輝き愛誇り、情熱勇気に未知不
思議、貴さメモリー寿ぎ拍手、喜び笑いにクリスマス、その他いろいろ寿限
無寿限無。オグリ・オグリ・オグリキャップ、メシアが再び。
お前が救いつないだ信じることの喜びこそが、僕たちをここに集まらせて
いる。オグリキャップ、お前が去ったあとからも。お前の奇跡はこの国を照
らし続けることでしょう。僕はこの素晴らしいゲームを来年も、再来年も、
ずっと、見続けていよう。
表彰が終わり、全てが終わり、僕はスタンドを振り仰いだ。百億円の豪華
スタンドよりも輝ける僕たちのハピネス。そしてどこかにいるはずの競馬探
偵氏にむかって僕はラブとつぶやき、おおきく一度手を振った。
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翌朝、新聞に〈競馬探偵〉氏の名を探した。僕はあのとき、あなたのこと
を考えました。
『何か大きい声で叫んだような気もします。彼の名前を呼んだのでしょう
か。わかりません。わたしは胸の中の大きな塊を吐き出していました。目の
前がぼやけて、足元がぐらついていました。帽子を振ってたら、飛んでいっ
ちゃいました。息が苦しくなりました。神様、彼に勝たしてやって下さい。
お願いです。それぐらい当然です。そうでなくちゃいけない。神様、あんた
にはいつもひどい目に会わされてる。でも、いい。許してやる。だから、彼
に勝たせろ。ほら、ゴールだ!』
駅のスタンドで、僕は動けなくなってしまった。
さようなら、オグリキャップ。
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