【読書】夏の終わりのポシブル堂収録作品 (plus α)

Subject: 最近読んだポシブル堂収録作品
From:     Tomohisa Sakata
To:       電子本ML
Date:     Mon, 27 Aug 2001 01:40:33 -0700
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  ■□ カナダのサカタと申します

  カナダに住むポシブル堂愛好者です。最近(といっても数ヶ月分)読
 んだポシブル堂収録作品の感想文を書かせてください。
(ポシブル堂感想掲示版より転載 )
http://www68.tcup.com/6814/haho3606.html

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●竹岡友昭氏『サラリーマン生活の打上、ベトナム駐在を楽しむ』

  ポシブル堂でこの本の紹介を見たときに、ああ電子本の世界はじわじ
 わとふくらんでいるなあと思いました。文学・小説だと読む方にもある
 種の心構えが必要で、ゆえに電子積ん読が増えてしまったりするのです
 が、こうしたノンフィクションならばどんな気分のときにでもたいてい
 読めます。仕事の合間、心身が疲れているときにだってするすると読め
 るのです。こうしたノンフィクションが棚に増えてくるのは、本屋さん
 としてポシブル堂の滋味がとても増すと思います。

  作品は、個人的に興味のある東南アジアのお話で非常に楽しかったの
 ですが、全体に仕事のかなり突っ込んだ描写が多いわりにベトナム生活
 の描写はあっさりしていて、もっとたっぷり後者を読みたかったなと思
 いました。しかし考えてみれば氏は仕事=ライフが分かちがたい状態に
 あったわけで、書けば書くほど仕事の思い出が湧いて湧いて仕方がない
 のでしょう。

● 白石昇氏『抜塞』

  うーむ面白い。この作品にはかなり強烈なパンチを受けて、作者の
 Web ページへも行ってあれこれと読んでみました。ポシブル堂を覗いて
 いるおかげで、こうした未知の作家との出会い率が高くなってるなあと
 つくづく思います。

●崎山修司氏『働かないアリのハリー』

  同じ崎山氏のほかの収録作品は、物理・文体的に読むのが非常に難し
 くあきらめてしまったのですが、この言葉たちはかろやかでとても楽し
 めました。そして特筆すべきはこの本の装丁で、これはポシブル堂店主
 の隠れた傑作といえるのではないでしょうか。いつものようにインパク
 トのある表紙もさりながら、ページを繰る目線の下を延々と歩きつづけ
 るアリたちの行列が、とてもとてもハマっていたのです。座布団5枚。

●錐沢匠氏『今夜も足音の下で』

  なにかショッキングな話なのかなと、そろりそろりと足音を忍ばせな
 がら読み進めたのですが、高根沢氏が登場し音楽夜話がからんでくるあ
 たりからは警戒を解いて楽しめました。ただ(ややネタばれになるので
 未読の人はスキップ please)「柿田の妻」という人に魅力がないのは
 アレレという感じで、キツネにつままれた思い。この女性のために苦労
 をする男がいても不思議はないというふうに描かれないと、納得して乾
 杯する気にはなれないのです。

●たなべひろあき氏『高田電気鉄道』

  鉄ちゃんたちはこうして、廃線はおろか存在しなかった軌跡までたどっ
 ているのかと驚くと共に、氏のいつもの『鉄』作品同様、今回も微笑ま
 せてもらいました。

●井出龍生氏『陛下の遺伝子』

  まず誰もが思うように、皇室を扱ったこの作品を出版してくれる出版
 社はないでしょうから、電子本という形態が生きる理由がこんなところ
 にもあったのだと目からウロコでした。作品は楽しく読めたのですが、
 スリル&サスペンス小説としては特に後半設定や行動の理由に強引な部
 分が多すぎるように思え、もったいないなと感じました。

●きたのリューコ氏『熱海湯〜ウツ紀行 』『降霊される俺』

  面白かったです、はっは :-)。

●浜野サトル氏『新都市音楽ノート(改訂版)』

  僕は www.nagano.com ですばらしいエッセイを連載する三浦久さんの
 ファンなのですが、彼の歌は聴いたことがありません。そのシンガーと
 しての三浦久さんを追いかけて、音や言葉たちがこぼれ落ちてくるほど
 の臨場感でレポートしてくれたのがこの本なのです。そしてこの作者が
 青空文庫の浜野氏だったのが、僕には大きな驚きでした。このネット世
 界はぐるりとまわって、どこかで曼荼羅している。

●風太郎氏『窓の外の半月』

  しんとした気持ちになって、最後まで読み進めました。僕がもし父母
 の危篤などという報を受けて、作者のように飛行機ではるか太平洋を渡
 らなければならなくなったなら、さぞかしせつないことだろうなどと想
 像しつつ。昔伊丹十三の映画『お葬式』を、全体的にはどうということ
 はない小品と思いながらも、何度か繰り返し見てしまったことがありま
 す。家族、親、親戚というものを描いたこうした作品には、どこか強く
 胸を掴まれてしまうものがあるのです。


Subject: Re: 最近読んだポシブル堂収録作品 From: Tomohisa Sakata To: 電子本ML Date: Wed, 29 Aug 2001 03:05:59 -0700 Thanks To: ポシブル堂店主 ----------------------   ■□ カナダのサカタです // ポシブル堂店主 wrote (on 08/28) // >  他の人の鉄道作品も収録できるようにしたいです。  たなべ店主は多忙で難しいのでしょうけれど、『機関庫』シリーズは 写真とキャプション(どちらもすばらしいです)だけでなく、数ページ のエッセイが是非挿入されていてほしいと思いました。たなべさんがそ の機関庫でなにを感じたのか、それは寂寥感だったのかそれともかつて 憧れた場所に立った高揚感だったのか、そんな言葉を聞きたいと思った ところでいつも無情な奥付けページが.....。 >  ノンフィクションでは、阪神大震災ものが結構きます。収集の切っ掛け > になった『阪神大震災 プライベート・ドキュメント』なども結構きます。 > 阪神大震災は、時間の経過とともにWebも減っているようで、できれば > 強力に保存していきたいコンテンツです。  そういう、消えゆくコンテンツの固定という役割もポシブル堂には含 まれていたのでしたか。まことに頭が下がります。カナダに払うのがス ジである私の税金を源泉徴収で抜き取ってしまっている日本政府も、 「インパク」などと銘打ってネット人口を支援していく気があるのなら、 店主の使い走り・タグ挿入・靴磨き兼ドレイとして、役人を2〜3人ポ シブル堂に送り込んでほしいものであります。そうすればワシの源泉徴 収も許す。
Subject: 夏の終わりのポシブル堂収録作品 (plus α) From: Tomohisa Sakata To: 電子本ML Date: Wed, 05 Sep 2001 15:26:26 -0700 ----------------------   ■□ カナダのサカタです (ポシブル堂感想掲示版より転載 ) http://www68.tcup.com/6814/haho3606.html ● 高橋久史氏『ひとりの夜の愉しみは』  移動不精の僕は、話し上手な人の旅行話を聞くとそれだけでその土地 を満喫した気になり、満足してしまったりします。書評が骨子をなすこ の本は、読書面でそんな僕の低エネルギーさを補ってくれ、読んでいな いたくさんの本をああ面白かったと味合わせてくれました。すばらしい ガイドであり、1人の本読みによる優れた表現であると思います。―― ―しかしやはり藤沢周平をはじめ紹介されたいくつかの本は、この手で ページを繰り我がマナコで読みたい! 電子書店パブリとかにも置いて ない! 日本に帰って本屋に行きたい(切実)。 ●田中将勝氏『中国体験記』  前述の通り旅行紀行滞在記は常に楽しく、特にこうして冷静な大人の 目でものごとを捉え書かれたものは読み応えがあります。この作者と僕 とでは物事の見方で違いがあり、面と向かって話したら話が弾まないか もしれないと感じるのですが、こうして知的に書かれた「本」という形 であれば、そうした思想の違いも違いのまま咀嚼できるなあと思いまし た。著者が自身で納得できるところまで書き切ったもの=本、であるか らこそ、受け手はなるほどそういう視点もあるかと落ち着いてキャッチ できるのです。 ●泉井小太郎氏『青い旅人』  うーん、美しい。六角文庫の本はどうしていつもこんなに透き通って いるのだろう、不思議です。T-Time と QuickTime をコツコツとダウン ロードしてよかったという喜びを読者に与えてくれます。 ●勝木玲氏『毀ち猿』  すごい才能と出会った、という興奮を覚えました。いったいこの人は 何者だと作者サイトに走るも、作者の人となりやら背景やらほかの作品 を示すものがなにも見当たらず、謎の作家です。なにもない(ほかに執 筆作品がない)ところからこんな精緻な完成品が飛び出してくるとは思 えないのですが。  作者の(おそらくは)研ぎ澄まされた想像・創造力により、それぞれ の人物の内面外面にフォーカスが絞り込まれ、ピントとコントラストが ものすごくシャープな黒沢モノクローム映画を見るかのような快感を感 じます。作者サイトからはおそらく 30 代前半以下の人であろうという ことしか推測できないのですが、なぜにこうも性差年齢の違う諸人物を 描けるのか。それが作家というものなのかもしれませんが、ちょっとう ますぎるのではないかというような感想すら覚えます。映画ならば 50 代の役者がそれまでの全人生をかけて演じるような部分さえも、見事に 書けてしまう作家という存在への、薄気味悪さというものを感じます。 (↑これはすべて誉め言葉)  この SF 風味のストーリーが、納得できる原因と結論が示される話だっ たなら、そのうまさ面白さと合わせてできすぎだと僕は感じたかもしれ ません。最後のページで僕が涙を一粒こぼせたのは、作者にとって一番 近い―――最もナチュラルに作者の胸で熟しこぼれ落ちたであろう、儘 田と芳の物語で終わっていたからです。真っ黒な葡萄の、弾ける甘い香り。

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