inserted by FC2 system 平成3年 夏 早来 ('91夏)
     平成3年 夏 早来

     日高地方を数日かけた旅行が終わり、明日は帰路につく日であった。最後
    の夜、うまいものを食したいと思った。地理不案内ゆえかこの旅行は、つく
    づくうまいものにめぐり合えない旅でもあったのだ。

     早来の町を車で流すが、これといった店が見つからない。今夜もしがない
    定食で済ますしかないのか。同行者一同あきらめかけたとき、サカタは思い
    ついたのである。
ン
    「ここは馬産地である→ということはここから出た馬が大レースで勝つこと
    があるはずだ→ということは祝杯を上げるはずだ→ということは必ずどこか
    に牧場御用達のすし屋がある!」

     水ももらさぬ名推理。はたして、すし屋はあったのである。のれんをくぐ
    ってみるとそこに、「ジャパンカップ」「テンポイント」と書かれた色紙が
    ずらり。みつけた。エウレカ。

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     でですね、そこがまさに牧場御用達のすし屋さんだったのです。主人に話
    を聞いてみると、吉田牧場の方がよくお見えになるという。サカタたちはす
    ぐさま「ふむふむ・それでそれで?」という体勢になりました。

     そのご主人自身は競馬を知らないそうで、さほど詳しい話が聞けたわけで
    はないのですが、そんな(競馬とはほぼ無関係な)イチ早来ネイティブピープ
    ルの間にも、テンポイントの名前と伝説は鳴り響いているそうです。そして、
    いまだにお見えになると吉田さんは、テンポイントのことを語ってしまうの
    だそうです。

     主人になぜか気に入られたぼくたちは、次の日飛行機の時間までにまた寄
    ってくれと言われました。あげたいものがあるのだ。--------ぼくたちはこ
    の縁というものの不思議さに打たれ、翌日は当然吉田牧場へ参じました。

     美しく静かな牧場に、眠る一族。テンポイントの墓碑の向こう側に、さら
    にいくつもの墓碑が散在しているのを知ったとき、彼らの運命の数奇さに目
    が眩む思いがしました。

     約束の時間にすし屋さんに会いに行ってみると、もらえたのはぎっしりイ
    クラの詰まった小瓶でした。これを食べてもらいたくてね。夕べは間に合わ
    なかったんでね、どうしても。…………なんていういい人なんでしょうか。
    ぼくたちは、この人に会わせてくれたのも、やっぱりテンポイントなのだと
    いうことを思うと、旅の終わりに胸が熱くなるのをおさえられませんでした。
    ありがとうテンポイント。

                                                      ◇ サカタ ◇
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