Sayonara Suzaka
To: 弟釣り師ほか
Subject: Sayonara Suzaka
From: Tomohisa Sakata
Date: Tue, 24 Aug 1999 00:00:20 -0700


  ともです、日曜にカナダにきました。Mの甥MK君18歳の助けで早くもメー
 ルが使えるようになってしまったので、とりあえず無事着いたの一報を送りま
 す。

  なんというかカナダは、来るまであまり考えてなかったんですが、着いてみ
 ると快適ですわ。ちょっと暑さが足りなくて物足りないけどそれなりに夏っぽ
 さもあるし、食べ物はうまい(カナダには特別な料理はないけど、ナッツとか
 シリアルなどシンプルなものが安くてうまい)し、アパートはもう完璧に準備
 ができているし(笑)。次の引越しもこの手分けで行こうと言ったらMさん
 は嫌がってましたが(笑)。以下に移動中書いていたノートをコピーするので、
 見てください。

  P.S. HKくん、近所の店で FIFA サッカーがあるかというと「新しいのは
 まだだよ、古い 99 ならあるけど」といわれたよ。$39.99 だった。日本の 99
 は 5000 円はするだろうから安いが、まだ 98 に飽きたわけでもないので保留
 にしておいた。んではね。

              ==== ◆ ========== ◆ ========== ◆ =====


■ 99/08/22(日) 09:03:40 □ Sayonara Suzaka
 旅行の心配で8時前にはもう目が覚めた。無理をして早めに起きて母さんへ の引き継ぎだとか荷造りの詰めだとかいろいろと行う。こんなに早く起きる必 要もなかったかと思うが、腹も痛みもう眠っていられなかったので仕方がない。 すべて準備できたら少し横になって休もう。ふー。海外旅行は疲れる。これか ら長い長い長い日曜が始まる。バンクーバーに着くのは 14+16 で 30 時、明 日の朝6時か。 ----------------------  0:03 pm 新幹線が長野を出た。父さん母さんがなんとホームまで来てくれ、 そこで母さんに泣かれてしまう。ああとため息ばかり。MKさんにも大いに泣 かれてしまったし。みんなのおかげでこの二年間は実に楽しかったのだが、去っ てしまうのは実につらい。  行きのボルボの中では、この車で迎えに来てもらい、それから数週間はまっ たくMが泣き通しだったこと、だめかと思ったこと、だけど八幡の家がだんだ ん思い通りに整ってくるにつけハッピーになっていったことを思い出し父さん 母さんに話した。俺たちのハピネスはまったく、さか田の人々と八幡ハウスの おかげだったよ。まったいらになり砂利が敷き詰められた八幡ハウス跡地を、 最後にOKOの庭から撮影した。それが最後に須坂でしたことだった。 ----------------------  4:43 pm 京成でちょうどいい電車がなく、チケットの発行に時間がかかっ たせいで飯を食う時間なし。まあそれほど減っていないのでスナックでつな げばいいか。俺の飛行機はどうやら AA の機体で AA と JAL の両方の客が飛 ぶようだ。そんなことってあるのね。JAL なら安心とか思ってる客には裏切 りだと思うのだが。  げげ、エコノミーが満席なのでビジネスクラスで行くんだって。ゲロゲロ。 どのように行動したらいいのかわからん。搭乗時間やドアが違うんだよな。 ----------------------  どあー、なんだこの違いはー。シートから付属品からすべてが違う。シー トが大きすぎてお尻が落ち着かないアメ車状態。しんどいチープフライトを 覚悟して、せめてもの心のよすがに菓子「おっとっと」とお茶のボトルを買っ てきたのだが、飛び立つ前からジュースが出てきちゃう。第一恥ずかしくて そんなものをゴソゴソと取り出せない(隣は真の落ち着いたビジネスマン)。 これはうまくすれば全行程眠れるわ。うーんおそるべきラックである。  0:37 am 眠れないまま、朝が来てしまった。寝たのは3時間くらいか。この シート、どんな姿勢でも取れて助かるのだが、いかなる姿勢をとっても脚の落 ち着きどころがないのでちゃんと眠れないのだ。ファーストクラスにしないと 完璧な脚置き場がつかないのだろうか。  2:56 am シアトルに着く。イミグレーションでえらく手間取り、別な取調室 に連れていかれて緊張したが、なぜだったのかよく分からない。カナダの移民 だからか? それともあの「ビザ免除」の半券を見せて「こいつが問題だった んだよ、こんなものは廃止すべきだ」と係官がいっていたので、前にトランジッ トしたときの情報が未決で残っていたのかな。  ともあれほっとして外に出るとえらく寒い。17 度くらいか。北米はすでに こんなに寒くなっていたのか。そしてたばこを吸うのだが、灰皿がなくたばこ が地面にみな捨てられている。なんかこういうところがすでにいやだ。そして 飛行機の中からここまでで10人ほどと話したが、アメリカ人は本当にきつく て恐ろしい。空港アナウンスも「車を止めるな車を止めるな車を止めるな」と ブレードランナー的に無機質に連呼するテープとか、「Beep ! なんとかかん とかせよ、いいわね?」とぶっきらぼうな女とか、恐ろしい(笑)。 ----------------------  5:28 am 絶望。俺のフライトがキャンセルされ、代わりに1時間半早い 12 時のフライトが用意されたのだが、コーヒーも飲まずに急いでゲートに向かい カウンターで再確認し、これで大丈夫と思っていたら搭乗させてくれない。 「シートが分からないから座って待ってて」。さらに最後の final boarding 時にもう一度別の人に尋ねたのだが、シート番号の連絡があるまで待っていて くれと同じことをいわれてアウト。待つこと計1時間、俺の飛行機は飛び立っ てしまった。  とにかく当初の予定時間には着きたいので、「見ての通り代替のフライトは 行っちゃったわけですが、どうしたらよいのですか」というと、だって名前 を呼んだけど来なかったじゃないかという。?? 俺が席をはずしたのは電話 をかけようとトライした2〜3分だけだぜ。いつですか? 覚えてないがたし かに呼んだぞ。別の人に問い合わせても同じく呼んだわよという。たとえ俺が いないときに呼んだとしても、俺はあんたたちの見えるところに座って待って いたじゃないか。そう言いたいのだが、それが通じないカルチャーに帰って来 たのだ(───だいたい当初のフライトのキャンセルに関しても、一言の謝罪 もない───)ということを思い出し、言った言わないの水かけ論をしても飛 んだフライトは戻らないこともあり、ただただ力が抜けてしまう。  ともかく次のフライトに入れてくれというと、3時になってしまった。1時 間半の緊張待機は完全に無駄になり、さらに予定より1時間半遅れだ。がっく りして言葉もなくカウンターを去る。  いくらなまっていても Sakata と呼ばれて、神経をとがらせ待ちに待って いる俺が聞き逃すわけはないし、2度に渡り問い合わせて待ってろと言われ たのは確かなんだから、こういう混乱で乗れない客がいた場合はこの手で押 し通せという対策マニュアルがあるんだろう。空港の係員は座って待ってい ても絶対助けてくれないとは分かってはいたが、立ち上がって頼んでも助け てくれん。戦っても無駄だし、暖簾に腕押し。  がっくししてとにかく遅れるとの電話を試みるが、これがヘンな電話で使え ない。いくらコインを入れてもカードを挿しても意味不明のメッセージが返る だけ。 泣きそうになってしまう。仕方がないので座っていたえらい不愛想な 兄さんたちに頼んでダイアルしてもらう。やっとつながりキャンセルになった、 着くのは4時過ぎだとMに伝えてくれとSHにいうと、やっとやや気持 ちが持ち直す。兄さんたちに「あっりがとお! あなたはワンダフルな人だ!」 と手を振って、とりあえず休憩。ふう。  考えてみれば乗り換えはいつもこうだよなあ。システムがよく分からないう ちにドタバタと乗り換えて、いままではうまくいってたのだが今日はそういか なかった。これでバンクーバーでラゲッジが即受け取れる可能性も非常に低い し(───すんなり受け取れたなら、それは最初から12時のフライトに俺は 入っていなかった、彼らが嘘をついたという証明だろう―――)、まったく最 悪な展開だ。2万ばかり節約できてもこんな馬鹿な消耗する時間をもう二度と 持ちたくはないな。  飛行機を待ちながら日没さんの著書第二弾を読んでいた。メールで来るとき とは違う味わいがあるなあと思う。やっぱり日没さんのライティングはいいな、 モニター上で見るより確実によくなるなと思う。 ==== ◆ ========== ◆ ========== ◆ =====  3時からさらに1時間遅れた飛行機でバンクーバーに着き、荷物を受け取り (思ったとおり俺と一緒に来ていた)移民局と税関で手続きをして出ていくと、 もうすでに日本で日曜に起きてから25時間が経過していた。しかし疲労の極 致はすでに突破したという感じ。手を振るMと目が合う。おお着いた着いた。 「ひどくて最低で最悪だったよ」といいながら一月半ぶりの再会であった。  一緒に来てくれたBRはぜんぜん変わりなく、MKはガタイが圧倒的 によくなりヒゲが生え激変しており「うわっ」と声が出る。アパートは Boundary からさらに 15 分くらいで、バーナビのかなりはずれらしい。あま り暮らしやすそうなロケーションではないが、SFU には非常に近い。  部屋に入るまではバンクーバーの景色を見てもああ懐かしいな程度にしか思 わなかったのだが、すでにきれいに快適にセットアップされた部屋に入るとお おおと長年住んだような快適さ。さすがのMである。おかげでいきなり2年前 に戻ったように落ち着けた。次もこれで行こうぜ相棒というとMが怒る。―― ―しかしすでにTVとかVCRとかいろいろ買ってるな ^_^;)。どうやらヒト は自分の国にいるとお金を心配なく使うものらしい、俺のMDや Playstation と同じだすね。
To: 弟釣り師奥様MKさん Subject: Re: お元気ですか? From: Tomohisa Sakata Date: Mon, 30 Aug 1999 21:27:04 -0800
  ■□ どうも久しぶり、といっても1週間なのかの知久です  なんだかすごい時間が経ってしまったような気がするんだけど、まだ1週間 ですね。前のメールに書いた通りえらい苦労をしてバンクーバーまでたどり着 いたんですが、その疲れと時差ぼけも取れないうちに仕事が入ってしまい(シ アトルの会社に到着日を知らせておいたのが失敗だった)、ふうふういいなが らずっと仕事をしてます。そのせいで時間が経つのが遅い感じ。 ---------------------- /~~ In < お元気ですか?> , MK san wrote: > その後、カナダでの暮らしはいかがですか?久しぶりのMさん > との再会はどうでしたか?お兄さんが行ってしまってから早1週間。  片づけや買い物や各種手続きも済んでないのに仕事詰めでどこにも出られな くて、私はフラストレーションがたまってます。なにはともあれ早く免許を取っ て、KVのオヤジの家にバイクを引き取りに行きたいところ。やはりバス や徒歩では日が暮れてしまう茫大な国で(―――とはいっても8時くらいまで 明るいんだけど―――)、スーパーマーケットに行くにも野越え山越え高速道 越え、時間がかかって仕方がない。 > 向かいの家が壊されてやっと色んなことの現実味が湧いてきた私としては > Mさんとお兄さんがいないのだなーとしみじみとしてしまった > 1週間でした。お母さん曰く、「怒りや悲しみはどんなハードな仕事 > よりも、人を疲れさせるものだ」と言うことで、2人共、がっくりと > そして静かに1週間を過したのでした。  うう、元気出してください、こうしてすぐに連絡は取れるし。 > ロコは時々向かいの方を見ては、クンクン鳴いています。1度だけ脱走 > して向かいまで行ったのですが、所在なげにウロウロしていました。  泣けてくる (;_;)。 ---------------------- > 少しずつ秋の気配です。カナダはどんな陽気なのでしょうか。  昨日雨が降ったんですけどこれが寒くて寒くて、もう息が白いですよ。いや ほんと、8月なのに。この天候のことを忘れていてコートなどを船便で送って しまったので、まだ当分届かないなあと困ってます。  あと八幡と違ってカナダはどこもかしこも厳重な鍵がかかっていて、なに気 に喫煙のためベランダに出ると自分を閉め出してしまうことなども忘れてまし た。これですでに寝ていたMさんを一度起こして助けてもらってしまった。 2年の間にいろんなことを忘れていて、一日ごとに「ああそうだったな」と思 い出してます。やっぱりあらためて外国だなあと思いますね。 > 来月からMさんは学校ですね。すばらしく愉快で、陽気で、有意義 > な日々になるといいですね。それでは、また。  しかしMさんはですね、全然勉強してないですよ。TV見てジグソーパズル ばかりやってますよ。週末にはSHとか呼んで盛り上がってるし。もうじき地 獄のマスターコースが始まるってのにこんなんでいいんですかね。俺は知らな いぞ後で泣いても。  ではまたメールを書きます、「勉強しないならせめてメールを書けメールを」 とメルさんにも書かせます。そちらからもどうぞよろしく。ではまた。

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