バンクーバーの馬具屋の話 ('95 夏)

■ Tack Shop In Vancouver
From: Tomohisa Sakata (sprynet.com)
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Date: Wed, 27 Dec 1995 07:12:12 GMT


 ∇ バンクーバー・ヘイスティングス競馬場の馬具屋のお話

 ヘイスティングス・パークはバンクーバーの町の中心部からタクシーで 20 分ほど東にあります。公園の端に作られた、1周ちょうど 1000m、小さなおもちゃのような競馬場です。馬が近くで見られて楽しいし、1200m のスプリントでも馬たちが2度もドドドと目の前を駆け抜けてくれて、お買い得。

 父と弟と僕はそこで4レースを楽しみ、サカタ・弟ともに0勝とさんざんな目に遭ったのですが、乗馬歴 50 年ととともに競馬観戦歴も同年数持っている父は、きっちり3勝1敗でプラスにしてみせるのでした。WINS のない長野に住み、馬券は買えないくせに、さすがというか恐るべし。

 コースとの距離が近いので競走馬の強烈なスピード感が楽しめて、最初のうちはなかなか楽しかったのですが、小回り短距離で先行絶対有利、どのレースもほとんどワンパターンなのでやがて飽きてきてしまいました。縁日の当てものみたいな感じ。なんとなく競馬はもういいやという気持ちになり、僕たちは予定を変更して競馬場探険に向かいました。「競馬場に、関係者専用の馬具売場がきっとあると思うんだが」と父が言うのです。カナダの馬具を見たいと。

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「競馬場内に馬具屋はありますか?」、と場内案内のおじさんに聞いてみると、裏の厩舎のほうに厩舎御用達の馬具屋があるといいます。おお、やはり。こそこそとそこへ入っていこうとすると、一般は厩舎エリア立入禁止だよと警備員に止められてしまいました。通訳サカタは懇願しました。

「サー、私たちははるばる日本からカナダの競馬を見にやってきたのであります。そしてこの老父はかつての名ライダーなのです。どうか裏の馬具屋に行かせてください、プリーズ (;_;)」

 これで「ヘイ・ボブ! この紳士方を裏に案内してやんな!」と簡単に OK になっちゃうところがカナダのいいところで、案内の厩務員さん付きですんなりと厩舎エリアに通してもらえたのでした。

 連れられて入った厩舎のエリアは、そりゃもう馬好きには夢の園。これからレースに出る馬たちがウシ・ウシと気合いもあらわに歩き回り、レースを終わった馬たちが体から湯気を立ててクールダウンをしています。充満する馬のにおい。馬屋から顔を出して余所者を珍しげに見やるかわいい馬たち。

「おお、ボブさん、こりゃすごいですね」
「そうかい?」
「だってみんな現役のレース馬ですからね。連れは日本から観光で来た父親と弟なんですが、日本じゃこんなところ入れません、興奮してますよ皆、はあはあ」
「そいつぁよかったな、うあっはっは」

 豪快に樽のようなビール腹をゆするボブ氏。まわりはもう、西部劇に出てきそうな荒くれ男と野生味あふれるカウガール風厩務員ばっかり。かっこいい。

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 おめあての馬具屋に入るとそこは、父親にしか分からない宝の山でした。弟と私には、どれもこれも見覚えがあるけれどなんなのかはよく分からないものだらけ。父は興奮してあれこれと品物を物色しています。

「トモ、馬のソエにつける薬はないか聞いてくれ」
「そえ?」
......いったい、「ソエ」という馬単語を英語で知っている日本人が、カナダ全体で何人いるでしょうか。あんまり無茶を言わないでもらいたい。しかしやむなく、通訳は説明するのでした。───あのですね、ヤングな馬がですね、アフター強い運動ね、痛い痛いスネあるね、薬? ───これで話がわかるあたりさすがは専門家、おばちゃんはにっこり笑って薬瓶を取り出してくれたのでした。「うちの競馬場の人はみんなこれを使うわよ」。やった (^_^)。
Tomo, Father, Tackshop Obachan --->


「あなたたちはどこから来たの?」
「日本であります」
「旅行で?」
「私はここに住んでいますが、父と弟ははじめてです。バンクーバーを 楽しんでますよ、特に父はこの競馬場でしあわせです」

「おう、それはナイスね (^_^)。彼に言ってちょうだい、『なんでも聞 いてくれ』って」
「はい。......父さん、『なんでも聞いてくれ』ってさ」
「じゃあ......(おばさんに向かって) 馬の高首を直すトウラクはないで すかね」
 ちょっと待ってくださいよお父さん。「頭絡」って英語でなんていうの
よ。次から次へとわけの分からないものを注文しないで。───結局、そ
の「たかくび矯正トウラク」はどうにも説明できず、僕たちは困ってしま
いました。

 するとおばちゃんはちょっと待ってくれといい、どこかへ電話をするの
です。しばらく待つと、馬とともに幾星霜を経てきたのが見た目にもよく
分かる、父と同年輩の人物が現われました。それは同じ様に元ライダーだっ
たという、おばちゃんの旦那だったのです。

 彼なら分かるかもしれないと言うので僕がもう一度説明を試みると、

「ははん、あれだろう、馬の首を低く、姿勢をよくして走らせる、ね?」

 と一発理解。「そうそう、それですわ、ヘッドヘッド」と父が答えると、
にっこり笑って裏から在庫を出してきてくれました。

「これだね」
「あ、あったあった、これこれ、サンキュー」
「これは馬の首にこう通してこうするんだよ」
「そうそう、日本のと同じですわ」

......言葉がまるで分からないのに二人は直接話しあっている (笑)。さす
がに、馬の道はうまなのでした。

 その他にも日本じゃまだ岡部騎手ほかプロしか使ってないという珍しい
手綱、蹄に塗るオイル、お店のネームの入ったヘアブラシなどたくさん買っ
て、父は大満足でした。なにしろ日本ではスーパー高い馬具が、ここでは
父の小遣いでいくらでも買えるのです。安い。日本では二桁万円しそうな
鞍が CAN$300〜400 (2〜3万、ただし競馬用の小さいサドル) からあるの
ですから、持って帰ることさえできればなあと、父は口惜しがっていました。

 あれこれと熱心に見てまわり喜ぶ父の姿を快く思ってか、おばちゃんは
少し値段をまけてくれ、小物をおまけにつけてくれました。どうもどうも
サンキューと記念に並んでニコニコと写真を取り、僕たちはおばちゃんの
馬具屋をあとにしました。

 カナダの競馬ピープルはおおらかで親切だ、帰り道を歩きながら、父と
弟はうれしそうにそう言うのでした。そういってくれると、私も不可能を
可能にして通訳する甲斐があるというものだよ、わはは (^-^)。僕たちは
高笑いしながら、父以外は馬券でマイナスだったこともすっかり忘れ、満
足し切って帰路につくのでした。
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 │サカタ│
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...Tomohisa Sakata (Vancouver, CA)
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