ありがとうウイニングチケット ('93春)
朝からなにも喉を通らない。気分が悪くなりそうなほど僕は緊張していた。
怒ってるのかと言われたくらい顔がこわばっていた。勝てる。ちゃんと力を
出してくれれば絶対、いちばん強い。乗り方も前回と同じでかまわない。勝
てる。───その通りだったよチケット、偉かったなあ。お前がゴールに入
る瞬間、僕は両腕を突き上げてなにかを叫んでいた。そのまま倒れてしまい
そうだった。倒れたってよかった。
すさまじい政人コールが沸き起こる。すごい。ナカノの時もそうだったよ
うに、このコールを批判する人も現れるだろうけれど、ぜんぜん違う。この
瞬間だけは日本の競馬は世界一だと思える。このファンの過剰なほどの愛情
こそが、僕たちの競馬が世界に誇れるものなのだ。
歓声が降り注ぐなかをゆっくりと戻ってきた政人さんが、スタンドを見上
げてにこりと笑う。その顔の美しさ。差し上げた腕のみじかさ。僕は胸が熱
くなって必死にこらえ、そしてとてもこらえきれなかった。
生産者表彰台にあがる藤原さん。どんな顔をしていいのか分からないよう
な顔をしている。どんな気持ちですか。聞いてみたい。トニービンはいいで
すよと語ってくれた、思い出の馬はスターオーだと語ってくれたあの方が、
いまこの国で間違いなく最高の場所に立っている。おめでとうございます。
ありがとうございます。あなたがこんなに素晴らしい第60代ダービー馬を育
ててくれたのですね。
チケット、本当にお前は偉かった。表彰式が続くなか、僕は引かれて帰っ
ていくお前を見ていた。こんなにみんながお前の勝利を喜んでいるよ。それ
がお前に分かっていればいいのだけれど。子供だったお前の顔を思い出す。
涙がこぼれ落ちそうになる。おめでとうウイニングチケット、素晴らしいよ。
ありがとうウイニングチケット、たまらない。愛してる。
93/05/31 (Mon) PM 3:10 サカタ トモヒサ
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